第25話「錯綜の想い(後編)」
管理局内部にある医務室のベッドの上で、男はじっと窓の外を眺めていた。天気は快晴で、抜けるような青空が広がっている。太陽の光がさんさんと降り注ぎ、まるで「早く外に出て来い」と自分を誘っているかのように思えた。
「今日はいい天気ですね」
ベッドの横に座る少女が言った。窓の外に広がる景色と同じくらい、明るく透き通った声だ。
「こういうお天気の日は、お散歩したくなっちゃいますね。タライムさんも大分良くなってきたし、そのうち運動がてら行きましょうね」
レオナの言葉に、男――タライムは答えなかった。窓の外を眺めながら、何やら物思いに耽っている。
「でも、本当によかった。ルーファさんも、もう大丈夫だって言ってたし……」
レオナがほっとした様子で言う。事実、タライムは既にかなり回復していた。声も出るようになったし、最近は自分で食事もとれるようになっていた。驚くべき回復力である。
だが、身体の回復ぶりとは裏腹に、タライムには以前のような明るさが戻ってきてはいなかった。レオナが何を言っても上の空で、いつも何かを考え込むように窓の外に視線を向けている。こういう様子のタライムは初めてだったので、レオナは何を言っていいのかわからなかった。
力になりたいと思う。こうして看病してるだけでなく、何か悩みがあるなら話してほしいとも思った。だが、今までレオナが悩みを聞いてもらうことはあっても、タライムの悩みをレオナが聞いたことは一度もなかった。基本的に悩みが多くない人だし、あってもほとんど自分の力で解決してしまう人なのだ。だから、不安になってしまう。もし自分に話してくれたとしても、自分は何も出来ないのではないか。かえって、余計に悩ませるだけなのではないか、と。
「あ、今日は暑いし、喉乾きますよね。私、何か取ってきますね」
結局言い出す勇気が持てず、レオナは席から立ち上がった。そのまま、飲み物を取りに部屋の出口に向かう。
「レオナ」
そこを、タライムが呼び止めた。「はい?」とレオナが振り返る。タライムは何か深い決意を秘めた瞳でレオナを見つめて、言った。
「話があるんだ……」
同じころ、管理局長室には3人の男と2人の女が集まっていた。
「アルサル、傷は大丈夫なのか?」
ティアが身体に包帯を巻きつけているアルサルに尋ねる。
「問題ないよ、ありがとう。だが……」
「アイスクルも思ったより軽傷のようだ。2,3日もあれば動けると言っていた」
ソロンがアルサルの言わんとしていた事を察知して説明した。
「そうか……二人とも、大事に至らなくてよかった。ダンという少年は重傷だと聞いたが、意識も取り戻したようだ。とにかく、死者が出なかったのは何よりだ」
「でも、真紅の騎士は取り逃してしまいました……」
エミリアが沈んだ声で言う。
「気にするな。死人が出るよりよほどマシだ」
「しかし、ティア様。実際問題、どうするおつもりです? もし、彼らの言うとおり真紅の騎士の正体が剣神リョウであったなら、一大事ですぞ?」
ティアの横にいた老人が口をはさむ。アルスティン・ローグベルト。若いレバン達改革派の中では最も経験豊富で、レバンの片腕として様々な功績を上げてきた。レバンが行方不明になった後、ティアの管理局長就任に尽力したのもこの人物である。
「もし、彼が以前のようにクリスタルの復活をもくろめば……」
「剣神は死んだ。彼は剣神じゃない」
「しかし、剣神の技を使っていたというではないか。先入観は事態の冷静な把握を困難にする。判断が遅れれば、コルム大陸にまた危機が訪れるかもしれないのですぞ?」
アルスティンが片眼鏡の奥にある瞳を鋭く光らせる。老人とはいえ、彼の頭脳や判断力はまだまだ衰えていない。
「その通りだ。アルの言うこともわかるが、以前のゲーリーのような事もあった。先入観は捨てるべきだろう」
「……わかった」
ティアの言葉に、アルサルは重々しく頷いた。
「だが、そう考えたとしてどうするつもりだ? 奴が本当に剣神かどうかは確かめようがないし、このまま戦ってもまた返り討ちの危険性が高いぞ」
「私もソロンさんの言う通りだと思う。何か対策を立てないと……」
「対策というほどのものではないかもしれないが、手は一つ打ってある」
「どんな手を?」
「剣神には剣神を、だ」
ティアの言葉に、一同ははっとした。
「レオンか……」
「ああ。現、剣神レオン。彼なら互角に戦えるだろうし、真紅の騎士の正体もつかめるかもしれない。連絡を取るのが難しかったが、先日ようやく取れた。今こちらに向かっている」
「なるほど。彼がいれば戦力はかなりアップする。後、カリオンも連れて行けば……」
「あぁ、そういえば言ってなかったな。カリオンはレインと一緒に出かけて行った」
意外な答えに、アルサルは少し驚いた。
「カリオンとレインが? 一体どこに?」
「確か、ラムダイル遺跡とかなんとか……」
「何? ラムダイル?」
その時、ソロンが二人の会話に加わってきた。
「それは本当なのか?」
「あぁ、確かな。それがどうかしたのか?」
ティアが怪訝そうな顔をして尋ねる。
「いや、俺が旅の途中で聞いた噂なんだが……」
ソロンが言いにくそうに唇をかむ。
「なんだ?」
「いや、あくまで噂なんだが……」
一応そう付け足して、ソロンは続けた。
「ラムダイル遺跡に行った者は、二度と帰って来ないとか……」
「……え?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「今回のことで、色々考えた。俺ももう30だ。若い時みたいな体力もないし、力も徐々に落ち始めてる。修練しても、これ以上は強くなれないだろう。もしまた、今回みたいな目にあったら、お前を守りきれないかもしれない……」
タライムが自分の気持ちを確かめるように、慎重に言葉を継ぎ足していく。だが、レオナの頭にはその半分を入ってこなかった。
「後で聞いた。今回だって、ダンが来るのが一歩遅かったらお前まで……。……お前はまだ若いし、これからいくらでもいい奴は見つかるはずだ。だから……」
言わないで。心ではそう叫んでも、言葉にはならなかった。
「だから……別れよう、レオナ」
第25話 終